広場トップ>金平糖の造り方

コンペイトウの語源はポルトガル語の「confeitos」。今から四百年前の安土桃山時代、宣教師によって伝えられ、元禄元年には長崎で盛んに造られました。渡来当時は非常に高価なお菓子で、永禄十二年(一五六九年)には織田信長にも献上されたといわれています。

※大変申し訳ございませんが、エビス堂は金平糖製造専門ですので、文献等に関するお問い合わせ・ご質問は受け付けておりません。とくに、電話等のお問い合わせは堅くお断り致します。どうぞご理解とご協力をお願いいたします。 

どうしても調べ事があるという方、「金平糖を守る会HP」(中京大学 中田先生)へお問い合わせ下さいますよう、お願いいたします。きっと為になるお話をしていただけると思います。どうぞお気軽にご利用ください。(でも、お問い合わせする際は、無礼の無いようにお願いいたしますネ)

 

さて本題です↓

昔は、金平糖の中心にはケシの実ソバの実あわなどが使われていましたが、現在は透明感を出すために『白ザラメ』(左写真)を使います。大きさはだいたい米粒程度。

原材料は99.8%グラニュー糖(右写真)です。かなりの純度の高い上質な砂糖を使用しております。金平糖は砂糖の固まりと言っても過言ではありませんが、味と形は大変奥の深いものなのです。なぜなら、じっくり14日間もかけて結晶化する課程で、うま味とコクができ、なんといっても愛情タップリの「汗と涙の結晶」だからです!

←そのグラニュー糖を大きな釜に入れて水と共に溶かします。(左写真)こんな感じに溶かすわけです。

ドラという斜めに傾いた大鍋のようなモノがありますが、ここに金平糖がたくさん入っています。この大鍋はゆっくりと回転していて、ドラの下からはガスバーナーで稼働中は常時あぶっています。その日の温度・湿度で火力を調節いたします。もちろん夏や冬といった季節にも大きく左右します。長年の経験と勘が頼りです。

 

金平糖がコロコロ転がる音は、まるで『ザ、ザァーッ』波のようです。この金平糖に上図で溶かした糖蜜を少しづつ掛けて行きます。金平糖が乾いたら糖蜜を掛けて、乾いたら掛けて‥‥それを毎日9時間延々続けるわけです。このドラはもちろんトイレ中・食事中も稼動してます。ですから稼動中は手が放せません。そして出来上がるまでには約10日ほどかかります。気の長くなるような作業が続きます。

一日目
二日目
三日目
四日目

   
五日目
六日目
七日目
八日目

ツノの数はいくつ?
ガスの無い時代はどうしてたの?
色はどうやって染めるの?

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