広場トップ金平糖の造り方>ガスのない時代はどうやって造ってたの?

 

さてさて今回の、金平糖の素朴な疑問です。

ガスの無い時代はどう造っていたのか、です!

 

便利な時代ですので、意外とこういう問題って見落としがちです。

私は金平糖造りに身を投じてまだ10年ですが、まだ2年目くらいの

新米(今でも新米です)の時でした。見学にきたある小学生から

初めて聞かれたのが、この質問でした。

 

えーと? え?(赤面)

なんて風に返答に詰まったのを覚えております。(^^;

 

金平糖造りの火力はもちろんガス(都市)を使用しています。

ですが、昔は石油(昭和20〜40年前後)、

もっと前は石炭(戦前)だったそうです。

 

だからその当時、工場内には煙や煤がたくさん充満していたようで、

昔の職人さんはよく肺ガンで死んだそうです。そう考えるだけでも

当時は大変だったようですね。

 

親父(3代目)がまだ若い頃(昭和40年前後)まで石油が火力源

でした。当時を振り返って、

親父曰く「まるで(自分は)炭坑で汗していたようだ」との事。

 

その頃から比べれば、現在は快適です!

冒頭で私がボヤいておりましたが、最高気温がたとえ40度に行ったと

しても、「暑い」などといってられません。

 

昔の職人さんに失礼です。(^^;

ホントにそう思います。

 

と、ここまではすぐにおわかり頂けたと思いますが、問題は、

どう造っていたか? ですよね。

 

(聞いた話です)

祖父の見習い時代(戦前です)は、当然、火力は石炭や薪を

使用していたわけですが、作り方としては、大きなフライパン

(金タライ)の端の一方を針金で天井からつるし、もう一方を片手で

持ちながら、体を使ってそのフライパンを揺らしていたようです。

 

 ※揺らす理由は、中に入っている金平糖を焦がさないように

  乾かしながら金平糖を攪拌(かくはん)するためです。

 

要するに、ゴマなどをフライパンで炒るような感じです。

(弱火で小刻みに揺らす感じです)

 

その状態で、砂糖を水で溶かした糖蜜を柄杓で掛けては乾かし

掛けては乾かしという行程をひたすら繰り返して製造しており

ました。

 

その間ももちろん、ずっと

左手で直径1mはある鉄製フライパンを小刻みに揺らしながら

です。金平糖の重みもあるので、天井から一方を吊したとしても

これは大変な重みと労力ですよね。(^^; 

 

糖蜜を掛けるときも乾かすときも、重いであろうフライパンを

一日つきっきりで14日間も動かし続ける根気と努力、情熱は、

すごいと思います。

 

頭が下がる思いです。(^^;

 

現在は電動モーターが歯車を動かし金平糖の入った釜(ドラ)

を動かしてます。その中で金平糖がコロコロ転がっております。

 

 

 

さて、ここで、勘のいい方はお気づきかも知れませんが

「ひょっとすると家庭にある調理器具で造れるのか?」

なんて思ってませんか?

 

お子さまのいるご家庭では「夏の自由研究」にはうって付けの材料?

かと存じます。

 

でも、でも、

結論から言いますと金平糖が「できる・できない」で言えば、

できない、です。我々でも完成までつきっきりで2週間かかるのに

1日や2日で簡単にできる訳はないのです。

 

ですが、根気よくやればですが、角の出てくる課程はご覧頂けると

思いますよ。その辺は、いずれこのメルマガにてご紹介したい

と思います。ってこの!商売上手!!(^^;

お楽しみに。

 

 

 

素朴な疑問などにお答えいたします。タイトルに「素朴な疑問」として

下記まで送って下さいませ。私(持田)が出来る限り分かり易くお答え

いたします。

konpeito@mub.biglobe.ne.jp

 

採用された方には粗品をお送りいたします。

お便りお待ちしております。

 

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